脳と睡眠
 

脳と睡眠

睡眠には、疲れた体や脳を回復させストレスを解消し、免疫力を上げる効果があります。また、活動中に得た膨大な情報について、不要な情報を捨てて、必要な情報は記憶として脳にとどめておくと言う、脳を整理する働きもしています。
 

それらのことから、うつ病などの病気を治すために睡眠はとても重要であると言えます。
このページでは、人生の内の3分の1を占める睡眠について、脳と睡眠をテーマに記載しています。

脳と睡眠のメカニズム

 
 

 眠りの信号

 
人には疲れてきたり、夜になったりすると眠くなり睡眠をとろうとする働きがあります。疲れに反応するのは、ホメオスタシスと言われる人体の恒常性を保つためのものです。夜という環境に反応するのは、体内時計です。
 
これらの働きにより、脳幹の橋という場所にある縫線核(ほうせんかく)や青斑核(せいはんかく)から、眠りの信号が出て、人は眠りにつくことができるのです。そのため、いくら体が疲れていても、この信号がうまく出ないことには、眠ることができない状態になってしまいます。
 
通常は体内時計の働きにより、起床時に朝日を浴びてから約15時間後に、メラトニン(睡眠促進、抗腫瘍、活性酸素の中和等の働きがあるホルモン)の分泌が高まり、眠くなるようにできています。地球の自転周期は24時間ですが、体内時計はそれより少し長いと考えられているため、起床時に太陽光をあびることで、毎朝そのズレをリセットしています。そのため、真っ暗な部屋で一日過ごしていると、徐々に体内時計にズレが生じ、昼夜逆転の生活になってしまうと言われています。
 
また、夜になっても明るい蛍光灯の下で過ごしていると、メラトニンの分泌は低下し、なかなか眠りにくくなります。

 

 レム睡眠とノンレム睡眠

 

 レム睡眠とは

 
睡眠には、レム睡眠とノンレム睡眠という2つの状態があり、これを交互に繰り返しています。レム睡眠(一番浅い眠り)とは、眼球が急速に動いている状態で、脳(扁桃体、前帯状回、左の視床、橋)は活性化しているのに対し、体は弛緩し休んでいる状態です。
 
日中に得た膨大な情報について、不要なものを捨て、必要なものを記憶させる働きは、主にレム睡眠の時に行われています。また、脳は覚醒に近い状態であるため、夢を見ている時であり、金縛りもこの時に起こりやすくなります。
 
 

 ノンレム睡眠とは

 
ノンレム睡眠は、ステージ1の浅い眠りからステージ4の一番深い眠りに分けられており、脳(大脳連合野など)は沈静化しているのに対して、逆に体は寝返りをうったり動かす事が出来る状態です。
 
特に23時から2時の間に入ったノンレム睡眠時には、成長ホルモン(疲労回復、組織の修復、新陳代謝等の役割がある)の分泌が最も活発になるので、この時間にしっかり睡眠を取る事が重要と言われています。
 

  睡眠の深さ 全体の割合 記憶 特徴
レム睡眠 一番浅い 20% 活性化 休息 よく見る 情動記憶 急速な眼球運動、金縛り、勃起、  情報の整理、記憶 
ノンレム睡眠 浅い~深い 80% 沈静化 覚醒に近い 若干見る 陳述的記憶
手続き記憶
寝返りをうつ、成長ホルモンの分泌を促す

 
 

 睡眠のサイクル

 
睡眠全体を見てみると、前半に深い眠りであるノンレム睡眠が占める割合が長く、後半は、浅い眠りのレム睡眠が長くなり覚醒に向う経過から、脳の回復にとっては入眠前半の眠りが特に重要とされています。
 
比率で言うと、ノンレム睡眠が80%、レム睡眠が20%というのが理想的な睡眠の状態と言われています。ちなみにうつ病の人は寝入ってからレム睡眠に入る時間が健康な人より短く、レム睡眠の時間自体も長い傾向にある事がわかっています。
 
レム睡眠とノンレム睡眠は、90分のサイクルで繰り返されると言われていますが、実際にはかなり幅があり、また寝付くまでの時間や、途中目覚めてしまった場合などを考えると、90分の倍数で目覚まし時計をセットしても意味がないと言えます。今はその睡眠の様子をモニターできる器具なども販売されていますので、寝起きが悪いのですっきり起床したい人や、うつ病の治療に役立てたい人は利用してみるのも良いと思います。
浅い睡眠の説明

脳が欲する睡眠時間には違いがある

 
 

 適切な睡眠時間

 
うつ病では、なかなか良質な睡眠を取るのが難しくなりますが、本来は、レム睡眠とノンレム睡眠を、約5回程度繰り返すと良質な睡眠になり、全体では7時間程度の睡眠時間が一番良いとされています。死亡率においても、7時間の睡眠を取っている人が最も低いと言う報告があります。
しかし、6時間未満の睡眠でも十分な人(ショートスリーパー、人口の約5%)や、9時間以上寝ないと疲れが取れない人(ロングスリーパー、人口の約10%)もおり、必要とする睡眠時間にはかなり個人差があります。短時間睡眠で十分な人は、ノンレム睡眠の割合は一般の人と変わりませんが、レム睡眠の割合が極端に少ないため、短い時間でも深い眠りを得ることができるというわけです。また、長い睡眠時間を必要とする人は、寝つきが悪く、浅い睡眠を繰り返す傾向が強いと言われています。
 
 

 睡眠も歳をとる

 
赤ちゃんから7歳ぐらいまでは、よく昼寝をして、さらに夜も寝るという多相性睡眠であったのが、10歳をこえると夜だけ眠る単相性睡眠になります。さらに還暦を過ぎて高齢になってくると、再び多相性睡眠になっていきます。歳をとるとメラトニンの生産が減るため、睡眠力も落ちると考えられています。
 
また、通常、睡眠中は尿の生産を少なくするホルモンが出ていますが、この分泌も加齢により少なくなる傾向があるため、トイレのため睡眠が中断されてしまう傾向があります。
 
これらのことから、40才ぐらいを過ぎると、寝つきが悪くなったり、レム睡眠やノンレム睡眠が短くなったり、早寝早起きになったりすると考えられています。
 
そのため、今まで以上に睡眠環境を整えたり、夜型人間であれば、朝方にシフトするなどの対策が必要となります。うつ病と加齢の両方の影響を受けている場合などは特に対策が必要となります。
 
 

 睡眠の測定

 
電車の中での居眠りは、ノンレム睡眠のステージ1~2程度の睡眠であり、一般的に注意睡眠と言われる状態です。自分も仕事で宿直の時などは睡眠が浅く、熟睡感がないですが、これが注意睡眠と言う状態です。注意睡眠の時は、何かあればすぐに起きれる状態で準備しているので、睡眠は浅い状態となります。
 
睡眠について、正確にレム睡眠とノンレム睡眠を測定するためには脳波を計るしかありませんが、現在では手首に巻いたセンサーにより脈拍を測り、体の動きを感知して簡易的に睡眠を測定するような機械も市販されています。
 
これらの機械を使うことで、自分の睡眠を数値として理解でき、どういう生活をすると、どんな睡眠結果になるかなどがわかり、生活習慣を良い方へ変えていく大きなきっかけとなり、うつ病の治療にも効果的と言えます。

脳機能と睡眠不足の関係

 
 

 睡眠不足が起す弊害

 
前頭葉とは、大脳の奥の方にあるちょうど額の部分です。知性、意欲、情緒、理性、思考、情報処理、遂行能力など、人が人であるのになくてはならない働きを担っています。睡眠不足ではこの働きが低下し、うまく頭が働かなくなってしまいます。
 
サウスオーストラリア大学のドリュードーソン教授の論文では、17時間起き続けた場合、アルコール血中濃度0.05%にあたる能力低下、24時間起き続けた場合はアルコール血中濃度0.08%の能力低下が認められたと述べています。飲酒と同じく寝不足でも注意力が散漫になるため、車の運転などには注意が必要です。
 
 

 海馬の機能低下

 
海馬とは主に記憶を司る脳の部位として有名ですが、寝不足によりこの機能が低下すると、物事を覚えられなくなると言われています。睡眠は活動中に得た情報について、必要なものを記憶としてとどめ、不要なものを削除している働きがあり、これは睡眠の大きな役割と言えます。
 
不要な徹夜やうつ病等での睡眠不足は、自身の海馬に大きなダメージを与えてしまいます。レム睡眠が足りないと怒りや不安などの感情に対して過剰に反応しやすくなると言われています。十分な睡眠が、前向きな思考を生み、うつ病の回復を助けます。
 
 

 扁桃体と前頭前野の関係が弱くなる

 
扁桃体は海馬の隣にある部位で、恐怖や嫌悪感などの情動や、記憶などに重要な役割を果たしています。一方、前頭前野は、このネガティブな情動をコントロールする働きがあります。
 
寝不足になると、扁桃体と前頭前野のつながりが弱くなり、自制が効かなくなってしまう傾向にあります。通常は嫌なことがあっても、前頭前野の働きにより、感情を爆発させずにがまんができますが、寝不足だとイライラとキレやすくなってしまうのです。うつ病の症状としてイライラがありますが、睡眠不足によって、それらの症状も悪化する傾向にあります。
 
 

 ホルモン系の異常

 
成長ホルモンは、ノンレム睡眠の中でも、特に深い睡眠の時に最も活発に分泌されますが、この深い睡眠は、睡眠前半の23時から2時までが最も深くなるため、この時間の睡眠が大切になります。逆にこの時に睡眠を取っていないと、成長ホルモンの分泌が不十分であるので、免疫力がさがり病気になりやすく、その治りも悪くなるなど、さまざまな不調が生じます。
 
また、肥満の作用がある副腎皮質ステロイドというホルモンや、同じく食欲増進作用のあるグレリンというホルモンは、寝不足の時に多く分泌され、逆にエネルギーの燃焼作用のあるレプチンというホルモンは、分泌量が減ってしまうため、睡眠時間が短く寝不足であると、肥満になりやすい傾向にあります。夜中起きているとお腹がすくのは、これらのホルモンの働きと言えます。
 
その他、糖尿病と不眠についても研究がなされています。HbA1c(赤血球にブドウ糖が結合している割合を示す数値)は、糖尿病で高い数値をしめしますが、この数値がもっとも低いのは睡眠時間が6.5時間~7.4時間である人であり、それより少なくても多くても、数値が高くなっている傾向にあるという報告があります。

睡眠をとった方が良い時と、そうでない時

 
 

 睡眠と記憶の関係

 
レム睡眠の時、体は弛緩している状態ですが、逆に脳は活性化しており、膨大な情報を処理しています。情動的な情報を記憶させておくのも、レム睡眠の時に行っています。
 
日常の中で些細ではあるが嫌な事があり、時に考え込んでしまう場合がありますが、そういう時には、寝てしまって気分を切り替えるのが良いと言われています。レム睡眠により、そのような些細な情報は、不要と判断し情報処理してくれるため、起床時には気分も変わっているものです。俗に言う「寝逃げ」です。うつ病になると、あれこれいろいろと考え込んでしまう傾向にありますが、そんな時は寝てしまうのも効果的な対処法といえます。
 
しかし、トラウマになるような心的外傷レベルの強い刺激については、脳が重要な情報と判断するため、逆にレム睡眠により記憶として留められてしまうと言われています。そんな時は、なかなか眠れないと思いますが、これは人に備わった自己対処能力なのかもしれません。無理に眠ろうとせずに時間に身をまかせ、早めの受診をお勧めします。
 
 

 記憶力を上げるには

 
試験の前などに徹夜で一夜漬けをした経験のある方も多いと思いますが、知識に関する記憶は、ノンレム睡眠が重要な役割を担っていると考えられています。スポーツなど体で覚える記憶に関しても同じです。ちなみに情動的な不快な感情の記憶の方は、レム睡眠の時になされます。
 
いずれにしても記憶の定着というのは、睡眠時に行われるため、ある程度学習したら、早めに睡眠をとるのが良いです。これは多くの実験でも同様の結果が出ています。睡眠不足は注意力や処理能力が低下することが明らかであるため、記憶という事柄の前に、試験の前は早く寝るのが得策です。うつ病でも時に記憶力の低下が見られますが、うつ病の回復のためにも同様のことが言えます。
 
 

 睡眠時に見る夢

 
心理学者のジーグムントフロイトは、夢は抑圧された無意識の願望であり、現実となって現れる前に、その内容を検閲している等と述べています。しかし脳についていろいろとわかってきた現在では、夢は主にレム睡眠の時に見るため、情報を整理し記憶させるという過程で現れる現象にすぎないとする考えが一般的です。
 
レム睡眠時は、眼球が急速に動く特徴がありますが、この刺激によって脳幹の中脳と橋という、夢を作り出す部位が活性化されるので夢を見るという仮説もありますが、夢を見る理由について、本当のところはまだ良くわかっていません。
 
時折とても怖い夢や、通常考えられないような夢を見ることがありますが、これはレム睡眠中には自律神経系の働きが若干失われ、情緒が不安定な状態であるために起こる現象と言われています。
 
よく「自分は夢をまったく見ない」という人がたまにいますが、正確には人は必ずレム睡眠の時に夢を見ています。しかしその後の深い眠りの時などに、忘れてしまっていると考えられています。起床した時に、夢を覚えていない状態のほうが、熟睡感があり理想的な睡眠であったと言えます。うつ病の時などは夢ばかり見て(覚えていて)寝た気がしないという事がありますが、これはあまり質の良い睡眠を取れなかった事を意味します。