うつ病と運動
 
 

うつ病と運動

運動による精神への影響は古くから知られており、さまざまな研究結果があります。基本的に運動には抗うつ効果が認められており、欧米ではすでに運動がうつ病治療のひとつの方法として認知されています。
 

運動がどのように脳に作用するのか、うつ病の治療としての運動は、どの程度行えば良いのか、どんな種類の運動を行えば良いのか、うつ病と運動の関係を見て行きましょう。

うつ病と運動

 
 

 うつ病における運動療法

 
うつ病と運動に関する研究はたくさんありますが、結論としては効果が認められるとの研究結果が多いです。効果は薬物療法と同等、再発率に至っては薬物療法より低い、薬に反応しない難知性のうつ病にも効果がある、軽度のうつ病であれば1日30分程度のウォーキングで改善する…などの報告があります。
 
もともと運動をする生活習慣のある者は、そうでない者に比べうつ病になりにくいとも言われます。運動は体に良いのは良く言われていますが、精神疾患に関しても同様と言えます。
 

治療の方法 4ヶ月後の改善率 改善者の内、その後6ヶ月後再発率
抗うつ薬 65.5% 38%
運動  60.4%  8%
 抗うつ薬+運動
68.8% 31%

※ 1999年、米国デューク大学医学部のブルメンサル教授の報告


 
 

 運動療法のメカニズム

 
ではなぜ運動をすると抗うつ効果が得られるのでしょうか。正確には解明されてはいませんが、運動によりHPA系(視床下部―下垂体―副腎)の変化が起きているとの考え方があります。ストレスとの関係で知られるHPA系は、うつ病の人では機能の過剰亢進が見られる場合が多いですが、運動はそれらを改善し、ストレスへの反応性を調整していると考えられています。
 
また、運動をすると海馬の神経新生が促されたり、抗うつ効果があるVGFや、セロトニン等の神経伝達物質、またはBDNF(神経栄養因子)も増やす作用があることなどから、抗うつ効果が認められると考えられています。
 
その他、脳の炎症という観点からも運動は抗うつ効果があるとされています。サイトカイン等の炎症を起こさせる物質は、ストレスの他、脂肪細胞(特に内臓脂肪)によっても生産されるため、運動によって脂肪の量を減らすことは効果的であると考えられています。
 
上記のような生物学的な理由だけではなく、心理学的な観点から見ても運動には一定の負荷を乗り越え、目標を達成する面などから自己効力感を高めたり、気分転換等の効果が認められています。

うつ病治療としての運動の仕方

 
 

 うつ病での運動の質

 
うつ病の回復や、うつ病の再発防止の観点から、うつ病での運動を行うには、いくつかのポイントがあります。一番基本的なのは、頑張り過ぎない、無理をしすぎないことです。運動の抗うつ効果は重症のうつ病には適さないという報告がほとんどです。無理をせず、自分のうつ病の状況に応じ、適切な時期に適切な負荷(質)で行うのが大切です。
 
運動の種類については、筋トレ等でも有酸素運動(脈拍が1分間に120回以内でゆるやかに持続的に行う運動)と同等の効果があるとする報告がある一方、ウォーキングなどの有酸素運動の方がより効果的であるとする研究結果の方が多いです。
 
特に一定のリズムを刻むようなリズム運動(ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリング等)が効果的と言われています。リズム運動はガムを噛むといったものも含まれますが、大きな筋肉を動かしたほうがより脳に刺激が加わるため、体を動かすものの方がその効果は期待できます。
 
 

 うつ病での運動の量

 
リズム運動によりセロトニン濃度は次第に上昇し、30分程度でピークになることから、20分~30分は行う必要があります。うつ病での運動を行う際の量については、いろいろな報告がありますが、1日30分~60分の有酸素運動を週3回~5回、行うと良いという報告が多いです。
 
運動により一時的にすぐに気分が改善される場合もありますが、本来の効果を望むには3ヶ月程度の期間が必要とされています。また、運動にはうつ病をはじめその他の内科的な疾患の予防にも効果が認められていますので、無理のない範囲で、継続的に行うことが大切と言えます。

やる気と運動療法

 
 

 やる気スイッチ

 
やる気と運動療法
基本的に運動療法は、重度のうつや症状の重い時には適さないばかりか逆効果です。ただ、意欲低下が強い時などでも、ベットの上で軽く手を動かしてみたり、体をのばしてみるだけでも、運動療法と同じ効果はないにせよ、良い効果が期待できます。
 
また、ある時期からは気が乗らなくても、少し体を動かしてみると、それに後押しされて、意欲が出てくることがあります。体を動かすということがあなたのやる気スイッチを押したのです。このスイッチは大脳半球に1つずつある、報酬や快感と関係の深い側座核 ( そくざかく ) という部位です。
 
ただ、この側座核は少し反応が悪いので、行動をおこしてもすぐには心がついてきません。行動を起こしてから少したってからやる気が出てきます。
 
例えばはじめは掃除をする気になれなかったが、やりはじめるとそのうち気分が乗ってくることは良くあります。人間の体には、そのようなメカニズムがはじめから備わっているのです。

運動の抗うつ効果は認められているものの、実際の診察場面で運動療法を提案される場合はまれです。医師のスキル不足以外にも、運動に対しての指導を行ったところで医療点数には算定できないといったことも、運動療法が日本で発展しない理由の一つと考えられます。運動は自分でも行えることであるため、基本的なことを押さえながら、生活習慣に組み込めると理想的です。