うつの認知行動療法
 
 

うつ病の認知行動療法

同じ出来事が起こったとしても、それに対する捉え方は人それぞれです。同じ人であってもその時の状況により変わります。つまり、ある出来事が直接、感情を生み出しているわけではなく、その出来事に対しての捉え方(認知)により、感情が生み出されているという理論が認知行動療法です。
 
このような考え方はうつ病の治療に限らず、私たちの生活の中で自然に使っていることも多いですが、認知行動療法はそれをひとつの手法として体系化したものです。うつ病をはじめ、病気でない人にとってもストレスを取り除き、より建設的な生き方をするために役に立つと言えます。

うつ病の認知行動療法

 
 

 認知行動療法とは?

 
認知行動療法とは、物事に対する考え方や捉え方に働きかける心理療法です。特に人は調子が悪かったり、辛い気持ちになっている時ほど、認知にゆがみが生じやすい傾向があります。
「この薬が効かないという事は、もう一生うつ病が治らないはずだ」と考えている(認知している)人の場合、この認知により、気分は落ち込み、引きこもって自傷行為をしたり、結果的にうつを治しにくくするような行動をとることにつながります。それはさらに認知にゆがみを生じさせ、気分はさらに悪くなり、その行動も……と負のスパイラルに陥ってしまいます。
 
このような時、認知行動療法では、まず認知にゆがみがないか検証をします。すると「ある1種類の薬が効かないという事実」だけをとりだしていることに気づきます。その他の事実(食欲は前よりある、吐き気はなくなっている等)は意識の上に上げていません。また、「うつ病が一生治らない」と、誰にもわからない未来のこと(今起きている事実ではないこと)を事実と同等に扱っている状況が見えてきます。
 
認知行動療法は、状況の悪い面だけに捉われるのではなく、また良い面だけを見るのでもなく、その両方を同じように評価して、そこから生まれる建設的な考えに基づき行動してみるということをくりかえし行い、徐々に適切な認知や行動ができるようにしていくものです。認知が変われば感情や行動が変わり(逆も言えますが)、うつ病治療にも良い影響を及ぼします。
 
 

 ゆがんだ認知が引き起こす負のスパイラル

認知のゆがみ
 
 
 

 認知のゆがみの種類

 
人にはそれぞれ良くとりやすい考え方や行動(スキーマ)が備わっています。スキーマは今までの人生の中で形作られたものですが、さまざまな環境の中、自分で作ったものです。特にうつ状態の時は悲観的なスキーマが働く傾向があり、その中でも「自分自身」「周りの環境」「将来」について、マイナス思考になりがちと言われています。自分にどんな傾向があるか理解することは、物事を客観的に捉える意味でも重要と言えます。
陥りやすい歪んだ物の捉え方については次のようなものがあります。

決め付け

事実かどうかわからないことも、感情的になって絶対そうに違いないと決め付ける。

あんなことを言うなんて、あの医者はやぶ医者にちがいないと考える。
選択的注目

さまざまな事実の中から、悪いことばかりに注目する。良い事実には目を向けられない。

意欲が出てきたり、食事が取れるようになってきたという事実には目を向けず、その他のマイナス面にばかり注目する。

一般化

1つの失敗や不具合が、自分のすべてのように考える。

Aさんとうまく話せなかったから、Bさんともうまくいかないと感じる。その他すべてのことがうまく行かないと考える。

過小評価

成功しても大したことがないと思い、ささいな失敗を必要以上に大きく捉える。

診察で医師にしっかり自分の症状を伝えられたことは評価せず、受付でどもったことばかり気にする。

自己非難

自分に直接関係がないような出来事も、過剰に自分に関連付けて自分のせいだと捉える。

友人がガンで倒れたのは、昨日私が電話して愚痴を聞いてもらったからではないか。

完璧主義

0か100かという考え。常に完璧を求め、納得できない。

気分の落ち込みがなくなり、意欲も出てきたけど、めまいがしたから、うつ病は少しも良くなっていないと考える。

予言

負の考え(予言)をして、それに基づく負の行動をとり、結果的に予言した通りになる。

うつ病の薬を飲んだってどうせ治らないと考え(予言)、服薬をせず、結果、うつの症状が悪化する。

認知行動療法の2つの技法

 
 
認知行動療法は大きく分け、行動に着目する行動的技法と、考え方や認知に焦点をおく認知的技法の2つがあります。
 
 

 行動的技法 

 

リラックスする活動

いわゆる気晴らしのようなもので、いやな気持ちになっているからといって負の行動をとってばかりいれば、気分はますます落ち込んでいきます。そのため、していて気持ちが楽になるような行動をとる方法です。

うつ病では、はじめは何もやる気が出ない場合も、体を動かすことで、気分がのってくるという理屈です。活動の記録表等を用いて、どんな行動をした時にどんな気分であったかを記録していきます。

不安への暴露法

いやな場面は誰でも出来るだけ回避しようと思うものですが、それが常習化すると、そのような場面がさらに脅威になってしまう恐れがあります。そのため、あえて積極的にそのような場面に出向き、成功体験を積み重ねることで、恐怖を取り除く方法です。

適切な対処のもと、出向いていけば、なんてことなかったという体験が、認知を変えていくことになります。初めはイメージ上だけで行ったり、負荷の少ない段階からはじめたりします。

自己主張訓練法

自分の思っていることを適切な形で相手に伝えられるようにする方法です。相手に何かを伝える時は、必要以上に強い口調でも、その逆の弱い口調でも良くありません。適切な形で伝えられるようになる必要があります。

読書療法

心理学や病気に関する本、または自己啓発に関する本等を読むことは、ある種の気づきが得られたり、正しい知識が得られたりします。また、うつ病に直接関係のないような本でも、本を読むという行為自体には、副交感神経を優位にしてストレスを解消する効果があり、心身に良い影響があるとされています。

読書療法では一人で読書をすること以外にも、セラピストとの間で行ったり、集団で行ったりすることもあります。

 認知的技法

 

活動認知再構成法

自分の気持ちや状況を書き出すことで、物事を整理したり、客観的に見つめ直す方法です。

具体的には①状況、②気分、③思考、④ ③で考えた根拠、⑤ ④に対する反証、⑥適応的な思考、⑦気分の変化という項目にそって記入していきます。認知療法の中心的な手法と言えうつ病の症状改善にも効果的です。

自己教示法

自分が習得したい考え方(認知)について、声を出して自分に言い聞かせたり、心の中で強く思ったりする技法です。 さらにその認知から生み出される成功体験により、認知は強く変化していきます。

思考停止法

いやな考えや思考を具体的に強く考え、頭の中をそのことでいっぱいにして、急にストップをかけ、そこから一切そのことを考えなくする方法です。ストップをかけるのと同時に手をたたいたり、体の動作とリンクさせると効果的です。

問題解決法

問題解決に向けて体系立てて取り組んでいく手法です。

具体的にはまず解決するべき課題を決め、出来るだけ多くの解決策を出します。そしてその解決策のひとつひとつにメリットとデメリットを考え、最終的に1つの解決策を導き出し、実行します。その後は、それがどの程度うまくいったかを検証し、十分でなければ、再度同じプロセスを行っていきます。

認知行動療法は誰に効いて、どんな効果があるか

 
 

 認知行動療法が適応となる人

 
主に軽症から中等度のうつ病で、自分で問題に取り組もうとする意欲がある人が適応になります。欧米では軽症の不安やうつの第一選択肢にもなっています。
 
行動を起こしたり、物事に対していろいろな角度から考えていくことは、とてもエネルギーを使うため、重症の人には不向きと言われています。
 
 

 認知行動療法の効果と副作用

 
薬物療法と同等の効果があるとする報告もあり、さらに薬物療法との併用で、より高い効果が期待できると言われ、保健適応もされています。イギリス政府のNICEガイドラインでは、不安に関しては、薬物療法よりも医学的効果が高いとも明記されるほどです。
 
認知行動療法単独の場合は、薬を使わないので副作用はないと思われがちですが、認知行動療法を含め、心理療法にも薬物療法と同じように副作用があります。
 
自分のトラウマ等の思い出したくない記憶や感情を呼び起こす面があるため、適切に行わないと、逆に症状が悪化する場合があります。また、治療の経過の中で、適切に行っていたとしても一時悪くなったように見えることもあります。
 
 

 認知行動療法の課題

 
診療報酬化されているとはいえ、その点数は非常に低く、なおかつ30分以上行わないと算定できないことや、現在の日本では、うつ病治療の主流が薬物療法であること、認知行動療法に対して熟練した医師等が不足していることなどから、積極的に行われているとは言えない状況があります。
 
認知行動療法は、平成28年度の診療報酬改正により、精神保健指定医だけでなく、一定の条件を満たした場合、看護師も診療報酬を得ることが可能となりました。もともと認知行動療法に精通している看護師は別ですが、たった数回の研修を受けて行っている方については、その効果に疑問を感じます。

認知行動療法はうつ病治療の中でも特に副作用の少ないものですが、すでにうつ病の治療を開始している方や、その他の疾患で通院されている方などは、主治医に相談の上行うことをお勧めします。