
モノアミン仮説
うつ病の原因については、現在においても正確には解明されていませんが、いくつかの仮説があります。その中でも一番有名で古くからあるものが、うつ病のモノアミン仮説です。これは、セロトニンやノルアドレナリンといった神経細胞の間を行き来する物質(モノアミン)が少なくなることが、うつ病の原因であるとする説です。セロトニンは安心感の伝達のために必要なので、それが少なくなると不安になったり、気分が落ち込んだり、つまりうつ病になるとの考えです。
モノアミン仮説には多くの矛盾点があるため不完全な仮説なのですが、脳の動きや薬の働きを理解するのには、とてもわかりやすいため掲載しています。
うつ病とモノアミンの関係
私たちがいろいろな感情になったり、それに基づいて行動したりするのは、すべて脳の中の神経伝達によります。脳には無数の神経細胞があり、それらの間では、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質(モノアミン)が行きかっています。
お風呂に入ったり森林浴などをして、ほっとした感覚になるのも、脳の中で適切な神経伝達がなされた結果と言えます。ある神経細胞から、リラックスする神経伝達物質が放出され、それを別の神経細胞が受け取ることで、私たちはリラックスした感覚を感じるわけです。
モノアミンは100種類以上あるため、その伝達により私たちはいろいろな感情になるのです。うつ病の時には正常な神経伝達がなされていないと考えられています。
神経伝達物質(モノアミン)の種類
セロトニンは、安定した気持ちや穏やかな気持ちをもたらし、うつ病と大きく関係していると考えられています。
分類上は興奮系とされるセロトニンですが、過剰な行動を抑えたりする働きもあるため、一般的には調整系の神経伝達物質と考えられています。
また、血管の緊張を調節する働きもあるため、偏頭痛の改善にも役に立つと言われています。
脳だけで合成されるわけではなく、実は90%以上が消化管にあり、腸などに影響を及ぼしています。ウォーキングやガムをかむなどの、一定のリズムを刻むようなリズム運動や、太陽光を浴びる事にもセロトニンを増やす効果があると言われています。また、セロトニンはマグネシウムと一緒になることで、眠りの神経伝達物質であるメラトニンに変化します。セロトニンが少ないと気分がすぐれないばかりか、睡眠にも影響が出てしまいます。
意欲、積極性、集中力、覚醒などをもたらす興奮系の神経伝達を行い、こちらもうつ病との関連が深いです。
痛みの軽減、心拍や血圧の上昇、便秘、食欲低下等の作用もあります。
過剰に分泌されると攻撃性が高まりイライラしたり、不安や恐怖を感じる事にも繋がります。
その昔、命の危険を守るために一気に戦闘状態にするため必要であったノルアドレナリンですが、今では命の危機ではない状況(人前に出る会議など)でも過剰に分泌して交感神経を刺激し過度な緊張状態になってしまう素にもなります。
しかしノルアドレナリンには、苦手な場面に少しずつ慣れていく働きもあり、ストレス耐性を上げることにも役立っています。
ノルアドレナリンは多くても少なくても良い状態とは言えず、適度に出ている状態が一番好ましいといえます。そのためには、バランスをとる働きのあるセロトニンを十分な状態にしておくことが大切となります。
ドーパミンは、快感や陶酔感、創造性、運動機能、情緒、学習機能などと関連が深い興奮系の神経伝達物質です。実はノルアドレナリンに変化する前の物質です。
不足すると楽しみを感じず無感動で運動機能や学習機能、性欲等も低下します。しかし過剰に分泌されると、快楽だけにおぼれ、社会生活から逸脱したり、時に統合失調症等(幻覚や妄想等の症状)や依存症等の精神疾患の発症を招く恐れがあると言われています。
アセチルコリンは、学習や記憶などと関連が深い興奮系の伝達物質です。
血管拡張、心拍数低下 、消化機能亢進 、発汗等の作用もあります。
また、睡眠にも影響を及ぼし、レム睡眠(体は休んでいて、脳が活動している状態)の時にも放出されています。
抗精神病薬等の服用により、ドーパミンの量が減ると相対的にアセチルコリンの量が増え、バランスが崩れることで錐体外路症状と言われる症状(手足のふるえ、体のこわばり、ジスキネジア等)が出る場合があります。また、過剰になるとアルツハイマー型認知症になりやすいと言われています。
脳の興奮を抑えリラックスした気分をもたらす抑制系の働きを持ちます。
ギャバは脳の神経細胞の約30%を占めています。過剰分泌した興奮系の神経伝達を鎮める働きを持ち、緊張や不安を改善します。
その他にも、脳細胞の死滅を防ぐ作用、抗ストレス作用、快眠作用があると言われています。
また、血圧を下げる作用もあります。
グリシンは、ギャバと同じように抑制系として働きます。
抗酸化作用、血流改善、敏感肌の改善等の作用もあります。
その他、快眠にも影響を与えています。
うつ病の時のモノアミン
ストレスを受けると副腎からコルチゾールといわれるホルモンが多く出て、それによりセロトニンを減らします。また、CRH(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン)も多く出ることで、ノルアドレナリンを減らします。
簡単にいうと脳の中で神経伝達に必要な物質が足りなくなり、それにより感情等が鈍くなったり、やる気がおきなかったり…つまりうつ症状が現れるとの仮説です。セロトニン等の神経伝達物質を総称してモノアミンと呼ぶため、モノアミン仮説といわれています。
左側の神経細胞から放出されるモノアミンが十分にあり、右側の神経細胞はそれをスムーズに受け取っています。つまり、神経伝達がうまくいっている様子です。
放出されるモノアミンの数が少なく、右側の神経細胞の受容体がうまくキャッチできません。神経伝達がうまくいっていない状態です。
抗うつ薬のモノアミンへの作用
抗うつ剤の主な働き
神経伝達を終えたモノアミン、または1度放出したが受容体にキャッチされなかったモノアミンは、再取り込み口により取り込まれ再利用されますが、抗うつ薬はこの取り込み口にフタをして、モノアミンが取り込まれないような働きをします。
これによりシナプスとシナプスの間には、新規に放出されたモノアミンと、再取り込みされなかったモノアミンが混在する(神経伝達物質の濃度が上がる)ため、神経の伝達がスムーズになり、うつ状態が改善すると言う仕組みです。
人により取り込み口の形状には違いがあり、また抗うつ剤の種類によっても形が違います。
例えば、自分の取り込み口の形が仮にA型であるのに、B型を塞ぐ効果のある抗うつ薬を服用している場合、形がちがうので取り込み口を塞げず、いくら飲んでも、うつ病の症状は良くならず効果は期待できません。この場合、薬の種類が合っていないと言えます。
また、A型の抗うつ薬を服用したとしても、少ししか飲まなかった場合は、取り込み口を少ししか塞げず、うつ病の症状は少ししか改善しません。この場合は薬の量が合っていないというわけです。
抗うつ剤の他の働き
抗うつ剤には、神経伝達物質の量を正常な状態にしたりするだけでなく、神経栄養因子の産生を助けたり、脳の慢性炎症を抑えたりすることで、神経新生(神経細胞が分化する現象)を活性化させる効果があるとも考えられています。その意味で抗うつ剤は、うつ病の原因に直接作用する、より根本的な薬であり、その点が他の抗不安薬等とは違います。
モノアミン仮説の矛盾
そもそもモノアミン仮説は、レセルピン(降圧作用のある薬)を服用した者の中にうつ状態を引き起こす者が多かったことや、逆にイプロニアジド(結核の薬)を服用すると抗うつ効果が得られたことに由来しています。
上記2つの薬には、それぞれの主作用の他にも、レセルピンには、セロトニンなどのモノアミンを枯渇させる作用、イプロニアジドには逆に増やす作用があるため、うつ病の原因はモノアミンの減少であるとされてきました。
しかし、レセルピンの服用でうつ状態になるのはあくまで一部の者にとどまっており、全員がうつ状態になるわけではありません。また、うつ病の症状がとても悪い時には、モノアミンが少ししか出ていないはずなので、血液中などのモノアミンの代謝物は、かなり少なく、調子が良い時は、その代謝物も多くないと整合性が合いませんが、実際には必ずしもそのような結果にはなりません。
そもそも、抗うつ剤を服用するとすぐに、脳内のモノアミン量が増えるのに対して、うつ状態はすぐには改善せず、数週間はかかります。そのため、うつ病をモノアミンの異常だけで説明しようとすることに無理が生じ、モノアミン仮説は今ではかなり不完全なものとされています。
受容体仮説
その次に研究されたのが、モノアミンを受け取る受容体でした。うつ病の人はもともとモノアミンの出が悪いとするならば、それを受け取る受容体の数を増やすことで均衡を保っているという考えに基づいて作られたのが受容体仮説です。
自殺した人の脳を調べてみると、セロトニン受容体が通常よりも多い傾向にあります。また、抗うつ薬には、セロトニンなどの受容体を減らす効果もあるため、モノアミン受容体の数が増えすぎることがうつ病の原因であり、増えすぎた受容体を通常の状態に戻せばうつ病が改善するという理屈です。
しかし、すべての抗うつ薬が受容体を減らす作用を持っているわけではありません。受容体を減らす効果のないタイプの抗うつ薬を服用しても、うつ病の症状が改善するため、受容体仮説も不十分な仮説です。