うつ病と神経伝達物質
 

うつ病と神経伝達物質

私たちの心を作っているのは、脳の中の神経伝達物質の働きが大きいですが、それも基をたどれば食事から取られるタンパク質です。それはミネラルやビタミン等の力を借りて、最終的に脳の中で神経伝達物質となって機能することになります。すなわち原料である栄養が十分に摂取されていないと、神経の働きも弱くなりうつ病をはじめさまざまな精神症状が現れることになります。
 

うつ病と言うと、心理的ストレスの影響がよく話題に上がりますが、実は必要な栄養が食事により適切に摂取できていないために、うつ状態に陥っている場合もありうることになります。

うつ病の栄養療法

 
 

 うつ病における栄養療法の考え方

 
栄養療法は正確には「分子整合栄養療法」と言いますが、これは人が病気になったり衰えていくのは、体を構成する細胞(分子)のバランスが崩れるためであり、それを改善するには、不足している栄養素を補うのが必要であるとの考えに基づくものです。
 
血液検査で、その人に不足している栄養素や血糖の状態を調べ、足りない栄養素は食事やサプリメントなどで積極的に補っていきます。そのため、通常の栄養素の量より、かなり多く摂取する場合もあります。血糖についても糖質制限等を行い、コントロールして行きます。
 
脚気はビタミンB1の不足が原因となりますが、内科的な疾患に限らず、栄養療法を支持する医師等はうつ病等の精神疾患においても、栄養素の不足が要因となり得るとする立場をとっています。特に欧米では、精神疾患と栄養の関係は盛んに研究がなされ、抗うつ薬を処方する前に、ビタミン不足を疑う医師もおりますが、そのような視点に立てる医師は、現在の日本の精神科医の中ではごくわずかであり、重要視されていないのが現状です。
 
栄養療法の有効性については賛否両論ありますが、そもそも人の体は、セロトニンなどの神経伝達物質も含め、すべて食事から取られた栄養から成り立っている面を考えれば、うつ病治療においても、栄養面からのアプローチはおろそかにできない部分だと感じます。

うつ病と神経伝達物質の関係

 
 

 うつ病における神経伝達物質の働き 

 
心の働きは、実は脳の中の神経伝達物質によるものであることは、モノアミン仮説、の中で述べましたが、それらが調和を保っている状態が、理想的な状態と言えます。何かが足りなくても、過剰でもさまざまな影響が出てきます。
神経伝達物質は、基本的にドーパミン等の興奮系、ギャバ等の抑制系、セロトニン等の調整系の3つに分けられます。
 
 

 興奮系の伝達物質

 
興奮系の神経伝達物質は、快感、意欲、学習、積極性、攻撃性、不安、恐怖等の役割を果たしており、ノルアドレナリンが放出されている時は、同時にドーパミンも放出され、快感が発生します。忙しくストレスがかかってもハイになったり、お化け屋敷やジェットコースターなど、自ら怖いものの所に行きたい、と思う心もこれで説明がつきます。
 
不安や恐怖といった項目については、一見すると不要なようにも思いますが、危険を早めに察知する能力とも言え、生き抜くためには大切なものです。ストレスがかかった時にも、ノルアドレナリンが放出されて、心拍や血圧を上げて危機に備えます。
 
しかし、これらが多すぎると、不安感が過剰になったり、攻撃性が高まり行動にまとまりがなくなったりしてしまいます。
 
また、不足しても、うつ病に代表されるような、意欲が出ず落ち込む状態となってしまいます。生まれながらドーパミン受容体の少ない人は、コーヒー、アルコール、ストレス、砂糖などの刺激への渇望を起こしやすく、自分に自信を持ちにくいとも言われています。
 
SNRIという抗うつ薬は、この後に出てくる調整系のセロトニンだけでなく、興奮系のノルアドレナリンにも作用する薬ですが、このノルアドレナリンは、主に意欲や不安に関係がある物質と言われています。
 
長期ストレス等により、ノルアドレナリンの使用と減少が繰り返されると、ノルアドレナリンの受容体が過剰に反応する状態となり、ささいな事にも不安を感じる、ストレスに過敏な状態になると言われています。
 
 

 抑制系の伝達物質

 
抑制系の神経伝達物質の代表格は、アミノ酸の1つでもあるGABA(γ-アミノ酪酸)で、興奮した脳を沈め、不安や緊張を取り除き、リラックスした状態を導きます。お酒を飲むとリラックスするのも、アルコールがGABA受容体に作用して、この神経の働きを高めるためと考えられています。
 
適度に分泌されていれば、リラックスした心地よい状態となりますが、不足すると不安が増し、過剰であると眠くなったり、抑制が取れすぎた結果、気が大きくなりすぎたりします。
 
不安が強く出るタイプのうつ病などへの関係が指摘されています。抑制系の伝達物質にはギャバの他にも、グリシン、タウリン、ヒスチジンなどがあります。
 
 

 調整系の伝達物質

 
調整系の神経伝達物質で、有名なのはセロトニンです。うつ病の原因の1つとも言われ、抗うつ薬であるSSRIも、脳内のセロトニン濃度を上げる働きをします。セロトニンは興奮系とも分類されますが、興奮系や抑制系の神経伝達物質を調整する働きがあるため、調整系の神経伝達物質とされています。
 
脳を覚醒させ、安定した気分を保つためになくてはならないものですが、不足すると興奮系と抑制系の調整がうまくいかなくなることで、脳がいつまでも覚醒しなかったり、逆にテンションが高くなりすぎたり、さまざまな影響が出てきます。
 
もともと女性は男性に比べ、セロトニンレベルが半分程度しかなく、さらに生理でエストロゲンのレベルが下がると、同時にセロトニンレベルも下がることがわかっているため、生理になると精神的に不安定になりやすいと言われています。
 
また、幼児期に適切な環境にいなかった者や、長期間ストレス環境にさらされた者も、セロトニンの分泌能力が通常より弱いと言われています。このような環境で過ごした者にうつ病を発症する確立が高いと言われています。
 
セロトニンの前の基の物質であるトリプトファン6gの摂取は、抗うつ薬のイミプラミン150mg~250mgと同等の効果があるとする報告(エリック・ブレーバーマン博士)もあります。セロトニンは逆に過剰であっても、てんかん等を起こすと言われており、抗うつ薬のまれな副作用として、セロトニン症候群と言われる副作用もあります。
 
 

 セロトニン症候群とは…

 

脳内のセロトニン濃度が過剰になりすぎることにより引き起こされる症状で、高熱、興奮、異常発汗、痙攣、体の硬直等の症状が現れ、場合によっては死に至ることもある副作用です。通常の食事の中でセロトニン症候群になることはありませんが、抗うつ薬やサプリメントなど、セロトニンに影響を及ぼすものの過剰摂取等により発症することがあります。

神経伝達物質はどのように作られるのか

 
 

 セロトニンの生成過程

 
食事等からとったタンパク質は、消化されタンパク質よりも小さなアミノ酸に形を変えて脳に運ばれます。そしてそれぞれ必要なビタミンやミネラルの力を借りて、神経伝達物質に変化していきます。いわば、神経伝達物質の原料であるアミノ酸が豊富にあったとしても、変化に必要なビタミン等が不足していれば、脳内では神経伝達物質が作られないことになってしまうのです。
 
例えば、うつ病と関係の深い、気分を安定させる調整系のセロトニンは、アミノ酸という形で脳に送られ、L-トリプトファンの形で脳内に入ります。そして、葉酸、鉄、ナイアシンの力を借り5-HTPに変化します。そしてさらにセロトニンに形を変えるためにはビタミンB6が必要となります。
 
もしビタミンB6が不足していれば、セロトニンになる前の段階で反応が終わってしまうことになるのです。セロトニンはのちにマグネシウムを必要とし、眠りをさそうメラトニンに変化していきます。
 
トリプトファンが脳内に入るためには、血液脳関門を突破する必要がありますが、トリプトファンはアミノ酸の中でも一番この関所を通過しにくい性質があります。そのため、トリプトファンは空腹時に果物ジュースと一緒にとると、果物ジュースに含まれる糖質が血糖値をあげるためインスリンが分泌され、インスリンにのってトリプトファンが関所を通過しやすくなります。 
 

セロトニンの生成過程

 

 アドレナリンの生成過程

 
意欲低下の激しいタイプのうつ病では、ノルアドレナリン不足が予想されますが、興奮系のノルアドレナリンへの生成過程では、セロトニンの生成に必要であった、葉酸、鉄、ナイアシン、ビタミンB6、マグネシウム以外にも、ビタミンC、銅といったものも必要となります。
 

アドレナリンの生成過程

 

 ギャバの生成過程

 
抑制系のGABAができるまでには、その過程で興奮系のグルタミン酸にも変化します。グルタミン酸への変化ができたとしても、その先のGABAへ変化するにはビタミンB6が必要になります。仮にこの時ビタミンB6が不足していたとすると、GABAが作られないため、興奮状態(不安感の上昇)がいつまでも続いてしまうことになります。不安が強いタイプのうつ病は、GABAの不足も影響していると言われます。

ギャバの生成過程
 

 

軽症のうつ病に対しては薬物療法を開始しなくても、自然に治る場合があるため、イギリスのうつ病治療ガイドラインでは「経過観察」としています。
しかし軽症とはいえ実際に症状が出ており、さらに悪化することもあるため、何もしないよりも積極的にセロトニンなどを増やす試みとして、食事の改善等の栄養療法や、生活の見直し等は有効と言えます。