うつ病とストレス
 

うつ病とストレス

その昔ある心理学者により、ストレスがまったくないとされる環境で生活を送る実験が行われました。仕事もしないし、大好きなゲームも読書も好きなだけできます。また、寝たいだけ何時間でも眠れます。忙しい現代人には夢のような空間ですが、意外にも被験者には、心身ともにさまざまな不調が現れました。
 

また近年では、ストレスを悪いものであると捉えている人の死亡率は、ストレスを受けても無害だと捉えている人に比べて優位に高いとの研究結果が発表されました。うつ病とストレスの関係は良く知られていますが、上記のことからもわかるように、ストレスは何も悪者ばかりではなく、人間が生きていくためには時に必要なもので、ストレスがあってこそ、充実した生活が送れると考えられています。ストレスをどう捉え、どのように付き合っていくかが大切と言えます。

うつ病の発症にも関る4つのストレス

 
 

 ストレスの種類

 
私たちが感じるストレスは大きく分けて以下の4つに分類されます。以下のストレスは、うつ病の発症にも大きく関係しています。

物理的ストレス

暑さや寒さ、多湿や乾燥、気圧の変化、紫外線など気候に関するもの。その他、光、音、匂いなどの自分を取り巻く環境的な刺激。

生物的ストレス

病気やケガなどで起こる炎症、痛みなどの刺激。消化不良、睡眠不足疲れなどの体の変化。

化学的ストレス

薬物、添加物、タバコ、アルコール、排気ガスなど化学物質を取り込むことで起こる刺激。

心理的ストレス

対人関係、仕事上の問題、家族関係などで生じる葛藤。一般的にストレスと言うと思い起こされるのは、この心理的なストレスが大部分を占める。脳の慢性炎症も心理的ストレス(特に対人関係上のストレス)により起こりやすいと言われています。

ストレスでうつになるメカニズム

 
 

 ストレスを受けた時の反応

 
そもそもストレスを受けた時、人の体では何が起こっているのでしょうか?仕事で失敗をして上司に怒られている時、大事な会議で発表する時などを想像してみて下さい。ドキドキと脈が速くなったり、体が熱くなったりすると思います。
 
リラックスしている時、人は副交感神経の活動が優位になっていますが、強いストレスを受けた時には、逆に交感神経といわれる神経が優位になります。
 
扁桃体が興奮し、副腎に指令を出して、ノルアドレナリンやコルチゾールなどのストレスホルモンを放出させます。これにより心拍数を増やし、全身に血をめぐらせ、血糖値も上昇させます。そのため、動悸や、体が熱くなったり、汗をかいたり、といった反応を起こします。これは緊急事態に備え、何があってもすぐに対応できるよう、体が準備運動をしている状態です。落ち着いている場合ではないと判断し、セロトニンの放出は減っていきます。
 
ちなみに、幼少期にストレスフルな環境で育った人ほど、扁桃体の大きさは大きい傾向があり、扁桃体が過剰に反応しやすいことがわかっています。
 
 

 扁桃体の興奮がうつを招く

 
慢性的なストレスがかかると、扁桃体の興奮が治まらず、ストレスホルモンが出続け、ちょっとした日常的なストレスにも過剰反応を起こすようになってしまいます。また、ストレスホルモンであるコルチゾールは、海馬を萎縮させる性質があるため、脳に悪影響を及ぼします。
 
最終的には副腎が疲労し、コルチゾールもアドレナリンも使い果たして枯渇してしまいます。これらのことが、うつ病の発症に関連していると考えられています。
 
アドレナリンになる前の物質はドーパミン(快楽物質)である面を考えると、結局アドレナリンだけでなく、ドーパミン不足にもなるため、気分を改善させようと、飲酒や喫煙の量が増える傾向にあります。
 
このような慢性的にストレスが継続するような時は、ビタミンやミネラルといった栄養素を通常の時より多く必要とするため、いつもより多く取る必要があります。
 

ストレスのメカニズム
 
 

 ストレスによる胃痛

 
ストレスを感じていると胃痛がしたり、なんとなく胃に不快感を覚えたりします。胃は特にストレスの影響を受けやすい臓器といえます。うつ病でも胃の不快感は良く出る症状のひとつです。
 
さきほど交感神経(緊張状態)と副交感神経(リラックス状態)の話をしましたが、ストレス下では主に交感神経が優位な状態と言えます。この交感神経は胃の働きを抑える作用があるため、胃の不快感を感じたり、食欲がわかなくなったり、消化がうまくいかず下痢や便秘といった症状が起きやすくなります。
 
反対に副交感神経は、胃の働きを活発にする作用があるため、食欲が出たり、消化もスムーズに行えます。また、交感神経と副交感神経は、常に均衡を保とうとする性質があるため、あまりにストレスが続き交感神経が強くなると、副交感神経の方も一時的に強くなります。
 
先ほど述べたように、副交感神経は胃の活動を促すので、このとき胃酸がたくさん放出され、胃の粘膜を傷つけ胃痛がすることになります。
 
 

 ストレスと脳の炎症

 
近年、うつ病の原因とも考えられている脳の炎症についても、ストレスは大きく関わっています。ストレスを受けると、それを異物として視床下部が察知し、攻撃を開始しろと命令する物質(サイトカイン)が作られ、免疫細胞や活性酸素を使って攻撃をします。これが炎症です。
 
異物をやっつけることができたら、すみやかに戦いを終了させる必要がありますが、その終了させる役割をするのが、ストレスホルモン(コルチゾール)や迷走神経(副交感神経)です。
 
体のケガを例にとってみますと、転んでひざをすりむいた場合、一時的に赤く腫れ上がり、熱をもっています。これが炎症です。その後、かさぶたを作ってケガが治ります。ストレスホルモンや迷走神経の働きによって戦いが終了されました。
 
ここまでが急性炎症といわれる反応ですが、ストレスの場合は時に慢性化しやすく、その力も強力なため、中止する働きをするストレスホルモンや迷走神経等の制止を振り切り、いつまでも戦いが終了せずに、慢性的な炎症が起こってしまう場合があります。慢性炎症はうつ病の原因として注目されています。
 

ストレスと脳
 

人により違いのあるストレスへの対処能力

 
 

 ストレス耐性

 
私たちはさまざまなストレスの中で生きています。しかし、人によりストレスに対しての対応力には違いがあります。それはもともと持っている気質に加え、幼少期の環境、栄養状態や体調、考え方等が影響していると考えられています。
 
考え方については、完璧主義、自己主張できない、課題を後回しにする、感情的になる、オーバーワーク…。いずれもストレスを悪いものと捉えがちな人で、そのストレスを溜め込みやすいと言われています。
 
幼少期の環境という側面でみると、常にストレスフルな環境で育つと、扁桃体が常に興奮し良く使われるため、通常の人より大きくなり、過敏に反応するようになってしまいます。精神状態は、常に不安定な状況におかれますので、安定した精神状態(リラックス状態)になりにくく、ストレス耐性は低くなると言われています。
 
幼少期のトラウマ体験等がうつ病をはじめとした精神疾患の発症率を上げるという報告もあります。ストレスを立て続けに受けると、些細なストレスにも過剰な反応が出やすくなるのです。うつ病の方も、些細なストレスにも病的な反応としての症状が出やすくなります。
 
 

 過去と未来のストレス

過去に受けたストレス(失敗等)に捉われたり、今度同じようなストレスを受けるのではないかと、未来のストレスのことを考えたりすることで、今、直接的にストレスを受けていなくても、間接的にストレスを感じてしまう場合があり、これをマインドワンダリング(心の迷走)といいます。人は、生活のほぼ半分の時間が、マインドワンダリングの状態であるという報告もあります(Matthew A. Killingaworthらの研究)。この状態は、常に扁桃体を興奮させストレスホルモンを出している状態と言え、うつ病を発症しやすくしてしまいます。
 
 

 ストレスの捉え方

ストレスを受けると体にもさまざまな反応が出て、病気の発症にも影響を及ぼすことを見てきましたが、実は近年、ストレスをどう捉えるかが一番大切であるという報告がなされました。それは、ストレスを悪いものと捉えなければ悪影響は起こらないとする報告です。
 
ストレスにより血管が収縮し、動悸がしたり呼吸が早くなったりといった体の反応が出たとしても、それは危機に立ち向かうために手助けしてくれていると捉ええれば、それが体に伝わり、結果的に体の反応すら抑えられるとする考えです。
 
また、ストレス下で分泌されるオキシトシンというホルモンは、血管を弛緩した状態に保つ効果や、誰かに不安な気持ちを聞いてもらいたいと思わせる効果、または、人を思いやる効果があるとも言われています。ストレスを受けてオキシトシンを分泌させれば、抗炎症効果や人との繋がりを大切にできるようになり、より充実した生き方ができるとも言えます。

マインドフルネス等のリラックス法

 
 
マインドフルネス
人はリラックスした状態では副交感神経が優位となり、アルファー波といわれる脳波がたくさん出てきます。こころは落ち着いて、体は力が適度に抜けている状態です。お風呂に入って頭に何も考えごとをするものがない時や、仕事の合間に一息ついている時などこのような状態になる方も多いと思います。マインドフルネスというリラックス法とも通じるものがあります。うつ病の治療という意味でも、リラックスすることはとても良いことです。
 
しかし、なかなかリラックスした状態になれない時もあるかと思います。安心するはずの家に帰ってきてまでも、いろいろと思い起こして興奮してしまう場合もあると思います。いつまでたっても心や体が休まらず、常に緊張した状態が続きます。そんな時は特に、リラックスした状態にいざなってくれる環境作りが大切となります。最近では心を落ち着かせる効果のあるグッツも増えてきました。
 
 

 自立訓練法

 
自己暗示をかけて催眠状態になり、リラックスした感覚を得る方法です。リラクゼーション効果の他、ストレスの緩和や疲労回復などの効果があり、うつ病や神経症等の治療に使用する場合もあります。具体的には、仰向け(椅子に座る方法もある)になり、手足が暖かくなっていく、重くなっていく、呼吸がゆったりしていく、…というように自己暗示をかけ、最後に背伸びなどをして自分で催眠状態を解くというリラックス法です。
 
今は一人でも行えるよう専門の本などもよく出版されています。しかし、心臓、呼吸器、消化器等に持病のある方、不安やうつ病の症状が強い方等などは、逆に症状が悪化する恐れもありますので、主治医と相談すると良いと思います。
 
自律訓練法は、一般的にも広く認められているリラックス法だと思いますが、訓練という名の通り、正確な方法で、ある程度の期間継続して行うことで高い効果が期待できます。
 
 

 マインドフルネス

 
マインドフルネスは、いわゆる瞑想のようなリラックス法で、余計な考えや感情をいれずに、今という瞬間に意識を向けます。過去の失敗や未来の不安を感じることなく、今に集中します。そうすることで、嫌な事柄に対しても不要な意味づけを防げ、それにより嫌な感情になるのを防ぐ事ができると考えられています。過去や未来の嫌なことをくりかえし考えてしまう、マインドワンダリングにも効果的です。
 

 マインドフルネスの行い方

具体的な方法としては、自分の呼吸に意識を向けます。この時、自分で呼吸の長さをコントロールしないように、体にまかせるようにします。そのうちに、いろいろな雑念が浮かんできますが、そこには意識を向けずに、基本的には10分ほど、呼吸に意識を集中させます。
 
自然に聞こえてくる音については、ありのままにその音に耳を傾け、きれいな音だ、耳障りな音だ、というような感情を排除して聞きます。
 

 マインドフルネスが脳を変化させる 

マインドフルネスは、物事を客観的に捉える機能を持つ、背内側前頭前野と言われる脳の部位が活性化され、繰り返し行うと、扁桃体の興奮を沈め、瞑想後も長い間良い状態の脳でいられると言われています。
 
人はストレスを感じると脳の中の扁桃体という部分が活発になり、視床下部に反応を示し、交感神経が優位になります。扁桃体が活発になると呼吸も荒くなりますが、逆に呼吸の方を深くすることで、扁桃体の働きを抑えることもできます。
 
マインドフルネスを半年以上、毎日続けることで、萎縮した海馬が再生したり、肥大した扁桃体が小さくなることがわかっています。マインドフルネスにより、些細なストレスに反応しずらい脳を作ることができるため、職場や学校、刑務所等でも注目されているストレス対策です。
 
 

 コーピング

 
コーピングは、あらかじめストレスを受けた時の、気晴らしの方法をたくさん書き出し用意しておき、ストレスに対処する方法です。気晴らしの数は、質よりも数が重要で、100個以上用意します。例えば、「入浴する」「ガムをかむ」「ねこと遊ぶ」など実際に行動することでもいいし、「大会で優勝したことを思い出す」「成功した時の気持ちを考える」など実際にはないことを考えることでも良いです。
 
上司に怒られたストレス、仕事で疲れ果てたストレス、心配事に対してのストレスなど、それぞれのストレスに対して、数多くある気晴らし(ストレス対処法)の中から選んで実行してみます。それで良い気分になれば、それを続け、改善しなくても、他の方法を試してみます。その対処法がどのストレスの時に、どの程度効いたか、数値で現していくと、より効果的です。
 
コーピングは、自分がどんな種類のストレスを受けているか、正確に認知できるようになり、対処法が準備されていることで、必要以上にストレス反応を示すことが、改善できます。
 
 

 リフレクソロジー

 
足裏などにある特定の場所の刺激により、体のさまざまな器官や臓器の働きが改善され整えられるという理論のもと行われているのがリフレクソロジーとよばれるリラックス法です。血液やリンパの流れを改善しリラックス効果や自然治癒力の向上等の効果があるとされています。
 
西洋式はソフトな刺激で東洋式は時に痛いぐらいの力で刺激をします。最近では日本人に合った力加減(痛気持ちい)で行うところも増えてきました。
 
 

 アロマテラピー

 
うつ病とアロマ
古くは古代エジプト文明の時代から使われてきた手法で、花や草などの精油を使用しリラックス効果を得るものです。香りをかぐことで精神的、生理的作用が整えられたり、薄めて肌にぬりマッサージして毛細血管まで作用を行き渡らせたりします。うつ病にも効果的と言われています。アロマオイルを数滴お風呂にいれて入浴したり、アロマポットを利用したりと比較的簡単に使用できます。しかし、妊娠している方や匂いに敏感な方は注意して使用したほうが良いと思います。
 
また、柑橘系の精油の場合、光と反応して肌に刺激を及ぼすものがありますので、すぐ外出する予定のある前などは、肌に塗ったりといった使用方法は避けたほうが良いかもしれません。
 
 

 カイロプラクティック

 
脊髄などのずれが神経を圧迫して悪影響が出ている場合、そのずれを素手で戻すことにより自然治癒力を回復させていくという手法で「あん摩マッサージ指圧、はり、きゅう」などとは区別されています。
 
日本では法定化されていないため、医療としてかかりたいと考えている人は少し慎重に選ぶようにしましょう。リウマチや心疾患などは逆に症状を悪化させる場合がありますので、主治医と相談した上での利用をお勧めします。
 
 

 サウンドヒーリング

 
自分の好きな音楽を聴いているとリラックスでき、気分もよくなりますよね。波の音や草木の揺れる音、小鳥のさえずりなども私たちの心と体をリラックスさせてくれます。このような働きをより効果的に得ようとするのがサウンドヒーリングと呼ばれます。
 
音を耳で聞くのみならず、ヒーリングバイブレーションという小型のツール(メロディーが振動に変わる)を体に当てて、体中に音を共鳴させるものまであります。水や骨といったものから成る人間の体は空気中よりも音が共鳴しやすいため、細胞の中にまで働きかけることができると言われています。
 
 

 植物や色彩

 
植物は二酸化炭素を吸って酸素に変えてくれるため、部屋の中の空気を心地よく清浄してくれる作用があります。また、植物の緑色は視覚的にみても脳をリラックスさせる色と言います。青色は睡眠に効果があり、赤色などは覚醒させる効果があります。
 
同じ味のコーヒーを飲んでも、壁一面に赤い部屋で飲むか、青い色の部屋で飲むかで、その味はまったく違く感じるように、人間の脳はとても視覚に左右されやすいものなのです。その原理をうまく利用して、生活の中に観葉植物や鎮静効果のある色彩のポスターを飾ることでも、心に安らぎを与えてくれます。うつ病で静養する場合、その部屋の色彩にも注意を向けてみると良いと思います。